最近、伝統工芸品をつくる中国の方の動画をよく見ています。その方の技術もさることながら、何より、それら工芸品の中に、昔の人々の試行錯誤と工夫の積み重なりが見られて、大変興味深いのです。
昔の人々が持っていた個々人としての能力は、現代のぼくたちを上回るのではないかと思います。
しかし、現代のぼくたちが個々の能力としては劣っていたとしても、現代の科学技術の発展が昔を圧倒しているのは間違いありません。人類がこれだけ知識を増大させた時代は他にないでしょう。
それを可能にしたのは何だったのかを今日は君と一緒に考えたいのです。
ぼくが高校生の時の世界史の先生が、人類にとっての一番の発明は言語だと思うと述べていました。言語が人類の発展を促したというのです。
現生人類であるホモ・サピエンスが出現したのが30万年前と言われています。そして、少なくとも13.5万年前には言語を話すようになったのではないかと最近の研究が示しています。さらに、5300年前には人類は文字を使うようになっていました。
これらが人類の文明の発展を促したのは想像に難くないでしょう。言語は他者との質の高い情報交換を可能にし、協働の質を高めるでしょう。また、文字で情報を記録することは、過去の事例から情報を得ることも可能にします。
個の考えが他者と共有され、記録されて後世に伝わることで、人類は思考の質を高めたのです。
その後の人類の発展はさらに加速します。1400年代後半のヨーロッパでは金属活字による活版印刷が普及し、1600年代後半には学術雑誌がつぎつぎと生まれ、論文によって研究を共有していくことになります。ぼくたちの科学技術文明の急速な発達はその賜物です。
個人としての努力は尊いし、それは昔から人類がやってきたことです。しかし、人類の文明を飛躍的に加速させたのは、その考えを交換し共有し、それに刺激を受けて、さらに思考や努力につながるというサイクルなのです。
君には尊い他者がいます。人類の知識の結晶である教科書は、昔の人々との対話です。また、一緒に学ぶ仲間も君に刺激を与えてくれます。考え、それを他者にぶつけてみましょう。君の可能性は飛躍的に拡大します。
君は、他者とどう学びますか?(S)
