「むずかしいことをやさしく」というのは、劇作家井上ひさしさんの有名な標語の冒頭の一語です。表現者として、すばらしい心構えだと思います。
さて、でも、ぼくは教師としては、この心構えではいけないと思っているのです。
え、なんで? と思われたかもしれません。教師が教えるのに、やさしく噛み砕いて教えることの何がいけないのかと。
理由は簡単です。君たちは、むずかしいことをむずかしいままに学べるからです。そして、むずかしいことをやさしく教えようなんて考えている教師は、君たちのそうした力のことを忘れがちだからです。いや、なにより、そのせいで、「本当に」君たちが難しいことを学べなくなってしまうからなのです。
君たちは子どもだからやさしく説明しないとわからない、なんて思っている大人に教育されると、君たちは「本当に」むずかしいことはわからなくなってしまいます。そう思いこまされてしまうのです。ぼくはそういう生徒を見たことがあります。そういう子は、むずかしいことに突き当たると、簡単にあきらめてしまう。
でも、君たちがむずかしいことはできないというのは本当でしょうか?
ぼくにとって、一輪車に乗るのはとても難しいことです。でも、幼稚園児たちはいつの間にか乗れるようになってしまう。別に誰も簡単になんかしていません。むずかしい一輪車をそのまま、難しいもののまま与えられているだけで、いつの間にか乗れるようになるのです。
あるいは、日本語をおぼえたのだってそうです。簡単な言葉から少しずつ教えられたわけではなく、むずかしい大人の会話の中に入れられていたら、いつの間にか話せるようになっていたんです。
簡単にしなきゃ学べないなんて嘘です。ぼくたちは、むずかしいことをむずかしいままに学べるんです。簡単にあきらめないで、毎日それに接していれば、いつのまにかできるようになるんです。
難しいことを難しいこととして、気楽に受け入れればいいのです。
もしかしたら、人生も難しいものかもしれません。でも、ぼくたちは、そのままその人生を受け入れればいいんだと思います。
君たちはどう生きますか?(S)